§ 北原白秋「柳河」について

元の詩

もうし、もうし、柳河(やながは)じや、柳河じや。
銅(かね)の鳥居を見やしやんせ。欄干橋(らんかんばし)をみやしやんせ。
(馭者は喇叭の音(ね)をやめて、赤い夕日に手をかざす。)
薊(あざみ)の生えたその家は、その家は、舊(ふる)いむかしの遊女屋(ノスカイヤ)。
人も住はぬ遊女屋(ノスカイヤ)。
裏のBANKOにゐる人は、…………あれは隣の繼娘(ままむすめ)。
繼娘(ままむすめ)。
水に映(うつ)つたそのかげは、…………そのかげは
母の形見(かたみ)の小手鞠(こてまり)を、小手鞠を、
赤い毛糸でくくるのじや、
涙片手にくくるのじや。
もうし、もうし、旅のひと、旅のひと。
あれ、あの三味をきかしやんせ。鳰(にほ)の浮くのを見やしやんせ。
(馭者は喇叭の音をたてて、赤い夕日の街(まち)に入る。)
夕燒(ゆふやけ)、小燒(こやけ)、明日(あした)天氣になあれ。

   
【鑑賞】
銅(かね)の鳥居・赤い欄干橋・さびれて薊が屋根に生えた遊女屋(ノスカイヤ)など 三柱(みはしら)神社参道入口のたたずまいは全て静寂の中にある。 乗合馬車は止り、馭者は喇叭を口から離し夕日に手をかざしている。 この静的広角の展望は一転、遊女屋(ノスカイヤ)裏の縁台(バンコ)へと絞られる。

場面は哀れを誘う継娘(ままむすめ)の悲しみの描写となる。 母の形見の小手鞠を泣きながら巻いている、継娘の律動的な動きは徐々に加速され、やがてあたりを動的風景へと導いていく。

“三味線の音が聞こえるでしょう、 かいつぶりが潜ったり浮いたりしているのが見えるでしょう” と旅人へ呼びかけ、馭者は喇叭を鳴らし、乗合馬車は動き出す。
どこか遠くで子供達のわらべ唄も聞こえる。廃市は再び息吹を蘇らせる。

■ BANKOは縁台。スペイン語 Banco から。
■ 鳰(にほ)は水郷などに住む水鳥。カイツブリ。

・白秋(1885-1942)は福岡県柳川市生まれ、26歳の時に刊行した第2集「思ひ出」の末尾に、48の詩篇よりなる「柳河風俗詩」が収録されている。
・組曲「柳河風俗詩」は多田武彦(1930-2017)の合唱組曲第1作(1954年初演:京都大学男声合唱団)


出典:https://ameblo.jp/obiwan-3/entry-12284789147.html
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(2018.10.22:AI)